2004年 7月 22日
生演奏
新鮮 音の微妙な変化
今年は「喜劇」が生まれてちょうど百年に当たり、七月は東京・新橋演舞場、八月は京都南座で、二カ月連続の「喜劇まつり」に参加させてもらっている。
歌舞伎役者であった曾我廼家五郎・十郎両氏が大阪・道頓堀の浪花座で「曾我廼家兄弟劇」を旗揚げしたのが、明治三十七(一九〇四)年。これが日本の喜劇の始まりで、その後松竹家庭劇、新喜劇と受け継がれていった。
松竹新喜劇の藤山寛美さんの当たり狂言を、まな娘の直美さんが女に置き換えて上演しているが、見事に客席を笑いと涙の渦に巻き込んでいる。
今回の「喜劇まつり」の見ものの一つは、下座が生演奏という事ではないだろうか。長い間、テープになってしまっていた音が、演奏者の毎日の呼吸で微妙に変化しているのが実に新鮮である。舞台上で、芝居をしながら、うっとりと聞き入ったりしてしまうのは私だけではないはず。
歌舞伎では当たり前の事だが、歌舞伎以外の芝居の音楽は、ほとんどがテープになってしまっていて、一緒に芝居をつくるという作業の一部が欠落してしまっているのが現在の商業芝居の世界であろう。いくら、音響スタッフがきっかけとボリュームに神経を使ってくれても、出てくる音は毎日同じ…。
デビュー当時には、劇場のオケピットに指揮者がいた事もあり、芝居は全員で作り上げるものという意識が強かった。セリやスッポンが手作業の劇場もあった。
機械化が進むにつれ、機械に合わせて芝居をしなくてはいけなくなって、どんどん面白くなくなってきたのではあるまいか。
ここらで、原点を見直すのも悪くないように思う。(三林京子=女優)
三林さんのホームページのアドレスは
http://3bayashi.com
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